アダモ年代別曲解説&批評 4

W 未踏の高みへ
1971〜1973年
@「アダモ、オランピア’71」
A1972年のアルバム「愛が帰るとき」
B1973年のアルバム『夢の世界』
C1971〜73年45回転盤発表曲

W 未踏の高みへ――1971〜1973年発表作品
(「アダモ、オランピア’71」、「愛が帰るとき」、「夢の世界」、シングル曲)

@1971年発表のアルバム「アダモ、オランピア’71」

A1.人生模様SALUT VIEUX!
 2.首に縄LE PENDU
 3.ヌー NOUS
 4. 二つの小石の幻想UN PETIT CAILLOU GROS ROSE, UN PETIT CAILLOU VERT GRIS
 5. 永遠の仙女LES FEES NE MOURRONT PAS
  6. ほろにがい乾杯BUVONS A NOTRE SOUVENIR
B1.君は去り行くET TU T'EN VAS
 2. ヘイ・ジュテーム MON CINEMA
 3. 微笑みのひと(自由)ELLE SOURIAIT
 4. 鉛の兵隊ENFANT, MON AMI
  5. いとしのローズ SOIS HEUREUSE ROSE
 6. 僕は歌うQUE VOULEZ-VOUS QUE JE VOUS CHANTE
  7. (メドレー)小さな幸福〜一寸失礼 medley: PETIT BONHEUR〜VOUS PERMETTEZ MONSIEUR

 1961年のオランピアで他に代わるもののない独特の世界を創り出したアダモは、二年後のオランピアでは、さらに一層独特な、抽象的で形而上学的な世界を生み出すことになる。また、自説としては、アダモの第二の音楽的な区切れめになるのはまさにこのアルバムの発表された1971年からだと思われる。今までの多少なりともポップで愛想の良い特徴は影を潜め。第一曲目から、人生の一断面を切り取ってみせる滋味溢れる作品となっている。この意味でも「アダモ、オランピア’71」は芸術家として完全に成熟した大人の作品集である。

 A面一曲目
「人生模様」は、このアルバムがこの作品で始まること自体が、アダモの意識が本格的に変革をしはじめていることを示している。それは「成熟した市民意識」とでも言うべきものであり、知情意のバランスのようなものが非常に高い次元でとれた美意識の状態である。
 芸術作品として最も抽象化され最も高度であると一般に言われる音楽という形式における創作のためには、創作者はしばしば野獣のようなどう猛さを持ち、理性をかなぐり捨てた情動的姿勢というものが第一に要求されてきた。たしかに、知的なしたり顔の音楽は作品としては大抵の場合面白くなかったし、作者がまだ精神的に未熟な十代の時に書いたものでも芸術的に優れたものはたくさんあった。それと対照的な作品形態として存在しているのが文学で、こちらは現実の現象への知識や緻密に組み立てられた論理体系が何らかの形で必要になってくる。非常識な文学はあり得ない。文字を書くという情報処理自体が高度な知的情報処理能力を要求するからである。この意味で、真の意味で文学的な「大人」の意識(=高度な市民意識)をもった音楽作品というものはなかなか得難いものであった。しかし、このアルバムではこの際一曲目からして、この難問を完全にクリアしている。

 「僕たちは若い狼だった」という詩からはじまるこの作品は、まさにどこにでもいる人間の根元的尊厳を示している、というと少し大げさに聞こえるかもしれないが、実際それが主題である。このようなアダモの
洗練されたヒューマニズムはこの後の作品に共通だが、まさに同様のオープニングで始まる作品にアルバム「セ・マ・ヴィ」の一曲目「倦怠の日々」がある。
 メロディーは決して派手ではない。また、中間では軽快な、アダモ得意の同主調移動があり、エンディングはコンサートでなければありえないという意味では不完全なものかもしれない。しかしそれでもこの作品はアダモがまさに踏み込もうとしていた、音楽作品と文学としての詩作品としての両立をスムーズに成し遂げている。

 第二曲目
「首に縄」はさらにメロディー的には地味な作品で、「インシャラー」周辺からの流れである、プロテスト・ソングの語り部的な調子で、曲は単調に進行する。ストリングを中心としたアレンジは見事で、曲の緊張感をしっかりと支えている。それにしても、この五分以上にわたる大曲は不思議と退屈ではないのだ。作品の構成への強力な意識がアダモの歌い回しに微妙な変化をもたらし、最初から最後の一音に至るまで、いわば水墨画のような枯淡な世界を創りあげている。
 そしてこの曲に対するどのような批判をも吹き飛ばすのが、
最後の”par telephone”の部分のメロディーのうねりである。私たちはこの部分を聴くとき、アダモという人がこの作品全体の価値とかあり方といったものを完全に掌握して表現していることを実感し、その認識自体に再度感動してしまうのだ。そうだ、彼はすべてを理解して創っている。

 A面第三曲目
「ヌー」は、このアルバム中では無意味な存在。このアルバムにはなかったとしてもほとんど差し支えがない存在である。解説は前章を参照。

 第四曲目
「 二つの小石の幻想」傑作で、その幻想的なイントロからして私たちは「アダモの世界に一体何が起きつつあるのだろう!?」と感ぜずにはいられない。そして、暗い、絶妙の歌い出しも素晴らしい。この曲もまた同主調移動が行われ、これをどう評価するかは難しい問題だが、少なくとも害にはなっていない。
 「若くて馬鹿であることがいいのだ、そうでなくてはこの小石が無駄になる」
 こんなにも奥深い言葉をこんなにも幻想的な音楽にしずめた芸術家が他にいただろうか。

 第五曲目
「永遠の仙女」は地味な作品だが、それでも表現すべきものは確固としている。曲内容を完全に再現するには、詩は少し耽溺気味かもしれない。しかし、あなたが強く意識するときには、この曲は独自の魂の流れを再現し、夢幻の世界へとつれてゆく。

 A面最後の
「ほろ苦い乾杯」も傑作である。このアルバム中でも特に渋みのきいた作品で、この短い四行詩の繰り返しの中にどうしてこのような表現力が潜んでいるものだろう。同主調移動がここでもみられるが、詩はこの変化をほとんど無視するかのように進んでゆく。これはたしかに詩が先行した作品だ。そう考えて振り返ると、このアルバムの作品中の新曲はほとんどすべて、誌が先行してできあがっている作品である。最後の一音までが傑作である。

B面一曲目
「君は去り行く」はやはりこのアルバムの作風そのままの枯淡な作品。比較的わかりやすいかもしれない。詩も素晴らしい

B面第二曲目
「ヘイ・ジュテーム」の解説は前章を参照。アレンジはスタジオ盤よりは劣っているが、これはこれで良いのではないかと思わせる。また、このアルバムの中では歌詞の意味がすっと深く理解しやすく感じられるのは、私だけの錯覚だろうか。
 B面三曲目
「微笑みの人」は、「太陽に開く」と同様の晴朗な空間を想像させる、美しい曲である。(こちらの方がずっと現世的ではあるが。)アレンジはスタジオ盤の方が優れているが、このスタジオ盤というのが、日本語ヴァージョンしかない。日本語の詩も完璧とは言えないまでも非常に良くできているので、日本のベスト盤で「微笑みのひと」というとそちらの日本盤が選択されるのも無理はない。しかしやはり原詩で聴きたい。これはフランス語のスタジオ盤がどこかにないのかと、無い物ねだりの欲望が湧く。

B面四曲目
「鉛の兵隊」は、やはり詩の勝った作品で、形式的にはあまりに「僕は歌う」と酷似しているし、こちらの方が地味である。しかし、歌詞を味わいながらだと、この不満は消える。一般に、ポピュラー音楽作品で「歌詞がよい」とだけいうことはすなわち音楽作品としては失格であることを意味するが、アダモ作品に限ってはそのようなことはない。歌詞を味わうことで、メロディーの価値が再確認できるのである。とはいえ、この作品は地味で、なにかと印象が薄い。

B面五曲目
「いとしのローズ」については前章の同曲スタジオ盤の解説を参照。

 B面六曲目
「僕は歌う」は歌い出しが素晴らしく、詩も見事なまでに鮮やかである。「鉛の兵隊」と双生児的作品だが、こちらの方がメロディアスでインパクトがあるのも仕方がないことだろう。同主調移動の効果もこちらの方が、力で押さず、無理なく仕上がっている。最後の一節は逆説的な内容を持つ詩で、”Que voulez-vous…”の部分は短調とも長調ともいえない絶唱になる。また、この最終節は、アルバム構成上エンディングへの移行部の役割を果たしているが、そのことは続く曲の解説中で述べる。

最後の
「 (メドレー)小さな幸福〜一寸失礼」は、魅力的なメロディー二種類をアップ・テンポでまとめてあり、アダモがこれらの曲の特性を良く理解していることが分かる。私がはじめてこのメドレーを聴いたときは、まだ「一寸失礼」のスタジオ盤原曲はまだ聴いていなかった。そのため、どんなに感動的で優美な曲が元になっているのかと夢想したのを憶えている。

一曲目の
「人生模様」とこの作品、つまりアルバムの最初と最後を飾るこの二作品には、「市民意識」という共通点がある。むろん初期の「一寸失礼」はコント的な作品であり、このアルバムの前年の「小さな幸福」「人生模様」ほどの精悍な意識はない。しかし、このような曲を提示し私たちに思い返させたということが重要なのである。このアルバム内の曲は主に幻想的な作風のものと、プロテスト・ソング的なものに分類されるが、一曲目は通常の市民意識からはじまり、そして「首に縄」以降、作品群は深く人間の想像力の深淵を探る方向へと進行しながらも、プロテストと愛の歌を繰り返し、しかもエンディング寸前の「僕は歌う」の最後の節では「いや、僕は何もみていない そんな話を聞いただけさ」と市民生活の現実へと強引なまでに逆説的に立ち返るのである。そして再び「小さな幸福」「一寸失礼」というわけである。構成は意識的で、完璧である。

 「アダモ、オランピア’71」
という作品が、このようにアダモの絶頂期の前触れともいうべき問題作であることは、良くおわかりいただけたかと思う。アダモの芸術家としての意識の高さが、まず詩の内容を中心に音楽作品全体をぐいぐいと高みに引き上げようとしている。そのため曲はいきおいメロディーの豊かさよりも音楽の持つ自我のようなものが強くなり、枯淡な味わいが強まっている。コード進行は新曲九曲中五曲までが同主調移動となっていて、多少類型化されている。一方アダモ自身の作品意識は、ライヴ・アルバムとはいえど、おろそかになってはいない。今までのオランピア盤にはありえない水準で、曲と歌詞の構成・順序は計算しつくされてあり、むしろこれまでのどのアルバムよりもトータル・アルバムとしての意識は強いのである。

 アダモはこのオランピア盤を生み出した後、ついに二枚のトータル・アルバムの高みへと向かうことになる。

A 1972年発表のアルバム『愛が帰るとき』

A1 愛が帰るときQUAND TU REVIENDRAS
2 僕は小さな舟FEMME AUX YEUX D'AMOUR
3 クレージー・ルー CRAZY LUE
4 雨のマント J'AI FROID SOUS MON MANTEAU DE PLUIE
5 我が故郷 MON PAYS
6 幸福あり JE TE TROUVERAI
B1 雨 PLUIE
2 愛の世界 MONDE D'AMOUR
3 旦那様 PATRON
4 僕の自由 MA LIBERTE MON INFIDELE
5 私はシャンソン JE SUIS U'NE CHANSON
6 ロック・フォー・ブラッサンス EDDY COCHRAN, BUDDYHOLLY AND BRASSENS

 このアルバムはアダモの全作品中でもトータル・アルバムとして最高の完成度をほこる作品の一つである。音楽的に難のある部分が微塵もないという点では、続く最高傑作「夢の世界」をも上回り、もちろん他に比肩するアルバムはない。また、このアルバムより、はっきりとしたタイトルがつけられるようになり、アダモのトータル・アルバムへの意気込みが感じられる。作品全体の色彩は、ワインの香のような甘い豊かなムードとイタリア的な開放的な歌唱の融合体で、作品外部からは完全に遮断された独自の音楽空間が形成されている。このアルバムと次のアルバムのアレンジを担当しているジャン・ミュジの貢献は非常に大きい。それ以前のアルバムのアレンジを担当したアラン・ゴラゲオスカー・サンタルがあくまでポピュラー音楽の効果音としてオーケストレーションをつけていたのに対し、ミュジは、アダモのクラシック音楽的個性を最大限に拡大し、奥行きの深い編曲を完成させた。ミュジとの出会いは、歴史的傑作が生まれるための大きな条件だったのだが、同時に今となっては芸術的必然としか思えない事件である。アルバム全体は一つの曲のように非常に良くまとまっている。この作品は、他のアーティストの傑作アルバムにたとえるなら、ビートルズの「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」にも似た特性を持っている。それは自己完結しすぎていて、聴き手の日常生活から直截に切り込んでくる棘・才気といったブロークンな要素が多少弱いことである。完成度が高いだけに聴き手に一定の気分を要求するのである。人間の美意識とはわがままなもので、作品の完成度が高ければ、今度はうまく気分転換ができないという不平を作品に漏らすことになるものだ。この欠点とも呼べる傾向は、メロディーの豊かさを作品の特徴とする多くの作曲家に共通のものだが、アダモはこの後の作品群でこの傾向を克服してゆく。多くのビートルズ・ファンが「サージェント・ペパー」を完成度の点で最高傑作としながらも、他のアルバムを自分のフェイバリットとして選ぶことが多いのと同様に、アルバム「愛が帰るとき」も、果たして聴く頻度において最も好かれているアルバムであるかには疑問の余地があるだろう。しかしながら、アダモ作品の流れにおいては、次にさらなる高みに達するアルバムが控えている。その点で、このアルバム「愛が帰るとき」は、アダモ全作品の中で「文句が付けられないという点で難がある最高傑作」ではなく、「非常に個性的で充実した一作品」という幸運な地位を獲得することになった。

一曲目
「愛が帰るとき」、間違いなくアダモの最高傑作の一つ。1フレーズごとに最良の音楽だけがもたらす愛のため息が生まれてくる。決して複雑ではないコード進行は、その変化ごとに限りなく繊細で微妙な表情を紡ぎ出す。私たちは「愛」感じるとき同時に死をも夢想する。しかしアダモにおいてそれは決して枯渇した諦念ではない。小川のせせらぎ、春風のそよぎ...これらを想像させる音型も豊かなメロディーを保ちながらも決して具体的になりすぎず一定の抽象性を内包している。作品の色彩的には、非常にモーツァルト的な作品であり、このアルバム中でも出色の出来である。

二曲目の
「僕は小さな舟」は手堅くリズミカルにまとまった作品で、後の「アントニーのサーカス」につながる系譜の幸福感あふれる佳作。アルバム自体の固有の雰囲気は一曲目というよりもこの二曲目からはじまっている。 

3曲目
「クレージー・ルー」は一種のファルス(笑劇)的作品だが、音楽的内容は非常に充実している。こうした作品においても音楽的な質が衰えることがないことから、アダモの非常に明るい向日的な才能が見て取れる。アダモのこうした傾向は70年代後半の作品においてさらに大きな役割を果たすことになる。

4曲目
「雨のマント」は、言わずと知れた英語曲「君を待ちわびて」の改変ヴァージョンだが、音楽的にはまったく別物と言っていいほど改善され高い完成度の作品になっている。ジャン・ミュジの功績も非常に大きい。アルバムのカラーを決定する作品となっている。

5曲目
「我が故郷」は豊かなワルツ曲で「三拍子のアダモ」でもふれたように翌年発表の「ユリコ」とは双生児的類似性を持つ。完全にこのアルバム独特のムードにどっぷりと浸かりながらも聴き手を明るいシチリアの世界へと誘う離れ業がなされている。

6曲目
「幸福あり」は、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番の最終楽章を想像せずにはおれない、非常に精神的で活発な作品。実際音楽的に考えても、この二曲の比較においてはアダモの方が優れていることは間違いない。(おそらく、クラシック音楽に精通する人ほどそのことを実感しやすいだろう。)アルバムA面を飾るにふさわしい豊かな音楽性を持った輝かしい作品。

B面一曲目の
「雨」は、ここまででこれだけの充実を示したこのアルバムがさらに豊かな音楽性とムードをもってB面につながっていることを示す作品。アダモが良く取り上げる「雨」のテーマの作品中でも最高傑作の一つだろう。長いフェイド・アウトも非常に効果的である。

 B面2曲目
「愛の世界」も充実した作品で、アルバム全体のムードを良く活かした作風。

B面3曲目の
「旦那様」もファルス的作品だが、音楽的に充実した表情豊かな作品。アルバムの息抜き的キャラクターの作品はしばしば音楽的に虚ろになりやすいものだが、この曲にそのような隙はない。アダモ作品のイタリア歌曲的な魅力にあふれる傑作である。

B面4曲目
「僕の自由」は一転して再びベートーヴェン的作品で、ミュジのオーケストレーションも非常に効果的である。このようにこのアルバムでは、一つのムードに統一されながらも実に様々な緩急とりまぜた作風の作品が、かなり唐突に展開する。おそらくこのような多様性は、アルバム全体がアレンジ的に一つの共通のムードを前提としてもたないかぎり、まとまりを獲得しにくいのではないだろうか。(最たる例は「愛の世界」で曲中での長調から短調への突然の変化は、このムードによって支えられている。)

B面5曲目の
「私はシャンソン」からアルバムはコーダ(終始部)に入る。この曲はアルバム最終部分を飾るにあまりに打ってつけの曲で、聴く者にこのアルバムがどこに到達したかを示し、それまでの様々な曲を振り返らせる。それも無言のうちに、何の余分な思念もなしにである。

 ある意味アルバムは
「私はシャンソン」で終わっても良かったのかも知れない。しかし最後に来ているのはにぎやかな「ロック・フォー・ブラッサンス」である。常識的に考えればこの曲は一種の不調和であるはずだ。しかし不思議とそうなってはいない。もちろん音楽的質が曲のこのような意匠にもかかわらず少しも低下していないことに主によっているのだが、何はともあれ、アルバムはこうして不思議な幕を下ろす。最後に景気の良いロックンロール曲を配すというパターンは、本来、当時のフランス文化の流行にありがちな一種のアメリカ文化の消化不良であり、客観的に見れば時代の流れを感じさせる少々古風な趣向であるはずなのに、ひとたびこのアルバムを聞き始めた私たちはこの曲を一気に聴き終えてしまうのだ。

 豊かな甘いメロディーとイタリア的歌唱
――アダモはこの作品において今までの彼の才能の基盤となっていたこうした要素を最も充実した形で昇華させ完成させた。これは、次の作品でさらに発達した抽象性を豊かなメロディーに取り入れるための必要不可欠のステップであった。

B1973年発表のアルバム「夢の世界」”A CEUX QUI REVENT ENCORE”


アルバム『夢の世界』
A1 君に抱かれて MOURIR DANS TES BRAS
2 愛なき悲しみ OH LA LA (Que la rie est triste sans amour)
3 春のめぐり逢い JE VIENS RETROUVER LES PRINTEMPS
4 ひとつの恋 RIEN QU'UNE FEMME
5 愛の発見(T)  ME SAVOIR AIME DE TOI (I)
B1 愛の発見(U)  ME SAVOIR AIME DE TOI (II)
2 夢見る人に捧げる歌 A CEUX QUI REVENT ENCORE
3 イダルゴ(スペインの貴公子) HIDALGO
4 愛しのアモリーヌ AMORINE
5 心のままに SI LE CRUR T'EN DIT
6 アリーヌの歌(自由になりたい) ALINE (I want to be free)


 アルバム
「夢の世界」は、アダモの最高傑作アルバムであると同時に、アダモだけが到達し得たポピュラー音楽の最高の境地である。メロディーはすでに豊饒さを超えて抽象的な精神性を備えている。ここの曲の質は前作に比べるとムラは多少ある。しかしそれらをはるかに上回る.
 私はアダモのアルバムで一枚だけ選べといわれたら、迷わずこれを選ぶ。
20世紀に創られた最高の音楽作品の一つである。しかし、残念ながら現在までにこのアルバムの本当の価値に気が付いている人はあまりに少ない。

 1曲目
「君に抱かれて」はこのアルバムの最初を飾るにふさわしい重厚な作品で、この曲もアダモの最高傑作の一つである。(実際にはこのアルバムのA面はほとんどが最高傑作なのだが。)驚くべき事に、アダモはこのアルバムの1曲目に実際にはB2曲目に置かれることになった「夢見る人に捧げる歌」を置こうとしていたということである。これは、現在のこのアルバムの自然な組み合わせの完成度から考えても信じられないことである。もちろんアダモがそのような決定をするということは、彼の音楽的良識からしても考えられないし、また、アダモが意識の表面上でどう迷っていたにしても、アダモの意識下の美的判断が決して現在のような曲順になることを許しはしなかっただろう。この曲はアダモにしてはかなり長い曲で、「インシャラー」などと同じく、歌詞をメッセージとして語りかけるために曲構成が決まってしまっているような長さがあるが、曲には一瞬のたるみもなく、充実した時間が過ぎてゆく。滋味あふれる名作である。そしてこの一曲目をして、アダモという芸術家に到来した、なにかただならぬ霊気のようなものを感じ取ることができる。

 2曲目
「愛なき悲しみ」は一曲目のムードをつなぐかのように始まる、それよりは短い曲だが、聴けば聴くほどに音楽的には一曲目を凌いでいると感じさせる。一見単純なフランス的風景だが、これは映画や小説の一場面といった解釈をはるかに越えた、深みと抽象性を獲得している。この曲はアダモの豊かなメロディーと詩が聴く人それぞれに具体的な美しい情景を想像させるだけに、曲の深い精神性を見逃しがちかも知れない。しかし実際には、何気なく始まるギターの最初の一音からすでに音楽は、実はアダモ作品以外の何物でも表現されなかった世界へとつれてゆくのである。

 第3曲目
「春のめぐり逢い」もまた、先の二曲と並ぶ高次元の空間をまったく別の切り口で達成している。この不思議な魂の冒険ともいうべき世界を、私は他のどんな芸術作品でも経験したことはない。アレンジは限りなく繊細で、もう二度と似たようなものさえも考えられないというほどに独創的である。

 第4曲目
「ひとつの恋」「カバンの中に夢はいっぱい」「永遠の仙女」などを連想させる作風だが、曲は極上のスタイルでシンプリファイされ、各コード移行の際の表現の驚くべき展開とインパクトは比肩するものがない。そしてなんと、実際にこの曲にはたった三つのコードしか使われていないのだ。

 A面の最後を飾る「愛の発見(T)」も完成度の高い作品である。まったく同じ歌詞で書かれたB面一曲目の曲に比べると、音楽的にはこちらの方がずっと高い。モーツァルトのピアノ協奏曲の緩徐楽章を思わせるような美しい諦念に満ち、しかも一音一音は気分に流れず明確である。

 B面1曲目の
「愛の発見(U)」は、(T)に比べると華やかだが、音楽的にはアダモにしては空疎である。ストリングスもどこかのイェー・イェー歌手にでも対するかのように派手なばかりで内容がない。この時期のアダモの曲ということもあり、音自体は整理され、バタ臭い嫌味といったものはないが、このアルバムの音楽的谷間であることは間違いがない。このようなメロディーへの耽溺は、アダモですら空疎になりうるという例である。このような作品への意識の持ち方が、その人が、芸術家としてのアダモのファンなのか、それともアイドルとしてのアダモのファンなのかを分けることになるのかもしれない。

 B面二曲目
「夢見る人に捧げる歌」は、可愛らしいタイトル・ソングだがA面の曲群のような力は備わっていない。しかしアダモ独特のコード進行は大変美しく、ギターなどで追ってみるだけでも、アダモという人の和音への豊かな感性を実感することができる。ただ、前アルバムのタイトル・ソング「愛が帰るとき」のような高みには達していないというだけである。

 B面三曲目
「イダルゴ(スペインの貴公子)」はのちの「恋するイタリアーノ」などにつながるドン・ファンの歌だが、まったく成功していない。前アルバム中の「旦那様」と同じアルバムの位置を占めているが、こちらと比べても比較にならない。なにかを描写しようというところに心がいってしまっているのか、空疎さが目立つ。B面一曲目とともに音楽的な谷間である。

 B面四曲目
「愛しのアモリーヌ」は短いコントのような作品だが、フィナーレの二曲につながるブリッジのような役割をも果たしている。特に優れているというわけではないが短い曲であるし、害はない。可愛らしい作品。

 B面五曲目
「心のままに」から、このアルバムは本来の音楽性を完全に取り戻す。「心のままに」は、そのテーマがフランス文化のわかりやすい側面と一致しているため、ある意味、非常に大衆ウケする作品である。したがってアダモをあまり理解しない人からも評価は高い。しかし当然のことながらこうした特性は両刃の剣である。その意味で、この曲だけが好きという方はアダモの入門者である。曲の本当の芸術性を理解しなくても、表面だけでも十分味わうことができるということである。

 最後の曲
「アリーヌの歌(自由になりたい)」は文句なしに最高傑作の一つで、インパクトの強さでもこのアルバム中最高である。歌詞も強烈で,聴く者の網膜にカッと熱く強烈なイメージを焼き付ける。この曲がフェイド・アウトし、アルバムを締めくくった後も、私たちの胸の中には、なにか心が落ち着いていられないような余韻を残す。”I wanna be free”という最後の絶唱も見事に抽象化され、空を舞うかのように私たちの五感を刺激し、人生の様々な側面や心の奥底の世界を次々と連想させる。そして最後のストリングスのこうかも見事である。この名アルバムの最後を飾るにふさわしい傑作である。

 アルバム「夢の世界」は
二十世紀ポピュラー音楽が達した最高の金字塔である。この作品がいつの日か正当な名声を得るような文化を人類が獲得することを願ってやまない。


C 1971〜73年45回転盤発表曲

愛撫 CARESSE (71)
(日本未発表曲) LE PLUS BEAU TRAIN QUI ROULE (71)
「バラよ、ふたたび」J'AVAIS OUBLIE QUE LES ROSES SONT ROSE (71)
太陽に開く JE N'OUVRIRAI QU'AU SOLEIL (71)
「恋人よ」MON AMOUR, SORS DE CHEZ TOI (72)
(日本未発表曲)CROQUE-CERISE (72)
ユリコ YURIKO (73)
ブルージーン’73  EN BLUE JEANS ET BLOUSON D'CUIR ‘73  (73)
「愛と命」JE VIVRAI (73)
「二人の恋」ON EST DEUX (73)
(日本未発表曲)LE MAL DE TOI (73)
海のマリー MARIE LA MER (73)
なんと黒い顔 QUE TU ES NOIRE (73)

 この年間のシングル盤の特色は、優れた曲とそうでない曲の格差が非常に激しいことだ。優れた芸術家が凡庸な作品を書くことは決して珍しくない。しかし、この時期は生まれ出る作品の多くがアダモの最高傑作と呼ばれてはばからないものばかりであるだけに、そのもう片面が抜け殻のように価値の低い作品であることは驚くべきことだ。アルバム「愛が帰るとき」からのシングル・カット曲に関しては、一定の高水準を保っている。それ以外の曲は日本で何らかの形で発表されたものは最高傑作であり、そうならなかったものは特に記すべきことがない。

愛撫 CARESSE (71)
 
最初の一音・最初の一声から、ただならぬ強烈な才気を感じさせる作品で、続く「太陽に開く」とともに、まぎれもなくアダモの最高傑作の一つである。ジョルジュ・ビゼーの作品にも似た、夏の、乾いた、それでいて無限に豊かな小宇宙で、アダモの才能の超越的な部分をはっきりと直感させる。(「これはとんでもない才能だぞ」というのが当時の私の実感だった。)

(日本未発表曲) LE PLUS BEAU TRAIN QUI ROULE (71)
 私がこうした日本未発表曲を聴くたびに感じるのは、当時の日本のレコード会社の選曲者の慧眼である。彼(彼ら)は決して、フランスで発表された作品を手当たり次第に紹介しているわけではない。この曲は、傑作「愛撫」のB面収録曲であるが、A面とは大変な差である。アダモのどんな冒険的作品にあっても失われることのなかった、耳あたりの良さはほとんど影を潜め、かなりたちの悪い冗談のようになっている。まったく意味がないとするほど空疎ではないまでも、存在価値が薄い作品である。

「バラよ、ふたたび」J'AVAIS OUBLIE QUE LES ROSES SONT ROSE (71)
 久々の大ヒットとなった作品で、明るい、軽い作風を持つ。コンサートでも良く歌われ、楽しく聞ける作品であるが、B面曲のあまりの素晴らしさに比べると、軽すぎる。実質もそのくらいのものである。

太陽に開く JE N'OUVRIRAI QU'AU SOLEIL (71) 創造される芸術的空間の次元の高さという点で最高傑作の一つで、この曲世界は完全に高みに達してしまっていて、才気と言うよりはひたすら晴朗な心象風景が拡がるばかりである。この曲の世界は、ある意味アパシー(何物にもとらわれない無我の境地)の世界とも言えるのかもしれない。また、芸術批評でよく使われる「ギリシア的晴朗さ」という言葉も思い出されるが、それと同時にあまりにアダモ的なものも内包している。こうした傾向をアダモ作品が非常に強く発揮するようになったのは、まさに1969年に入った頃からである。先述の「エフ・コム・ファム」のオランピア・ヴァージョン(この曲のスタジオ盤ではアダモの歌唱にまだ1968年的な彼の意志が感じられ、いわば作品に歌唱がついてきていない)から萌芽が始まり、、70年1月発表の「罪深い女」(LA PECHERESSE)で最初の完成をみた。ここでアダモはもう、熱烈な歌唱力で押すだけでは創り出すことのできない、もっと何気ない世界に到達している。一般の作曲家の作品では夢想だにしない次元の世界へ私たちを連れて行ってくれる作品である。

「恋人よ」MON AMOUR, SORS DE CHEZ TOI (72)
 「バラよ、ふたたび」と同様、リラックスした魅力を持つが、アダモの歌い方はつつましく内面を志向し、それと対照するかのように伴奏は豊かに外部へと広がってゆく。この作品の曲想は田舎風で、あたかも秋の収穫に喜ぶ恋人たちの民族ダンスのような色彩がある。メロディー構成自体は比較的単純だが、リズムは田舎の土着文化的力強さを持ち、曲想にはアダモの感性の趣味の良さが十二分に発揮されていて、恋がもたらす心の豊饒とその祭典的な喜びをあらわす作品に仕上がっている。1972年に発表された3枚のシングル盤中一枚目に収録され、B面は、後にアルバム「愛が帰るとき」に発表されることになる「僕の自由」

(日本未発表曲)CROQUE-CERISE (72)
  1972年第二弾シングル「僕は小さな舟」のB面曲。ちなみに第3弾は「幸福あり」「愛が帰るとき」で、続く73年第一弾は「クレージー・ルー」「我が故郷」という具合に、アルバム「愛が帰るとき」からのカットが続く。この曲は歌い出しからすでに音楽的無理を提示している。メロディーは発展しない。アレンジは、アルバム「愛が帰るとき」「夢の世界」を生み出したジャン・ミュジで、最初この人らしい趣味は感じられるが、最後の一分間で壊滅的なオーケストレーションをつけてしまっている。この時期日本で発表されることのなかった3曲は、発表されないだけの意味があったのだと思わせる。

ユリコ YURIKO (73)
 シングル・カット曲としてはかなり良い出来である。このワルツ曲は「我が故郷」と酷似している。詳しくは「三拍子のアダモ」参照。

ブルージーン’73  EN BLUE JEANS ET BLOUSON D'CUIR ‘73  (73)
 翌年の中野サンプラザ・ライヴのオープニングの成功でもわかるように、アダモは大ヒット曲の再アレンジには余念がない。しかし、このテイクはどうだろう。発想は悪くないが、アダモが既成のスタイル(特にアメリカ的なそれ)に曲をなぞらえるとあまり良い結果を結ばないという例の一つではないだろうか。それほどまでにアダモという才能は頑固に、安易な迎合を拒否するのである。私はこれはアダモの最大の美質だと考えているが、人の良い彼は時々そのことを忘れてしまいがちだ。

「愛と命」JE VIVRAI (73)
 この作品は1973年の日本のテレビドラマ「恋人たちの鎮魂歌」の主題歌として発表されたものである。この曲と次の曲「ふたりの恋」はなぜか非常に音質が貧しい。特にテープの回転ムラがひどく、いったいどのような環境にあったものか不思議でならない。おそらくフランスで録音されたもので、日本ではこの曲のB面に「ふたりの恋」が入っているが、こちらはフランスではA面で、他の曲と抱き合わせになっていて、こちらの音質はさらにひどいからだ。日本盤は、東芝EMIの日本の技術者が苦労して修正したものだと考えることができる。
 しかしながら、この貧困な音質を無視して紹介せずにはおれないほど、この曲は素晴らしい。音楽は二枚のトータル・アルバムである「愛が帰るとき」「夢の世界」という巨峰の間の期間に発表されたもので、曲風は非常に精神的で、まさにベートーヴェンのそれを思わせるものである。そして作曲技法はまさに卓越した自在性をもち、次々と豊かな主題を提示しながらそれを完全に制御された見事な歌唱力で引っ張ってゆく。この曲のアレンジは非常に優れているが、それ以上に歌唱の音楽的エネルギーが勝っていて、私たちは安心してアダモの声だけを聴いていられる。すべての楽器・バック・コーラスはあくまで脇役である。中間部の省略も非常に当を得ていて、素晴らしい。アダモの隠れた傑作である。

「二人の恋」ON EST DEUX (73)
 こちらもまたふるいつきたくなるような、たおやかで光に満ちたイントロで始まる魅力的な作品である。こちらは先の曲とは対照的にバックのアレンジが非常に重要である。バックを流れる様々な音が私たちの想像力をかき立てるのである。曲は途中から八分の六拍子のような調子に変わり、流れてゆく。最近知ったことだが、この曲のフランス語盤はシングルのA面になっているのだが、日本盤よりかなり長い。日本盤では中間の一部がカットされているのだ。それはおそらく最初は音質的な配慮からだったのだろうが、結果的には作品の多少の冗長さをカットし、きりりと引き締める役割をしている。そして音質も多少良くなっている。しかしそれにしても、こんなに美しい、光輝く世界は、音楽の世界の中にしか本当にないのだろうか? 私たちはこのような美にふれる時どうしてもそんな自問自答を繰り返すしかないのだ。

(日本未発表曲)LE MAL DE TOI (73)
 フランスで「二人の恋」のB面に発表された。この時期のアダモの作品としては「一体全体なにがおきたのか」と思わせるくらい無理のある作品で、歌詞にとらわれているのかメロディーに何かを創り出す推進力がまったくない。ムードがあり期待を抱かせるのはコーラス前半部分だけで、長調に転ずるとたちまち不自然になる。アレンジは空疎で、特にバック・コーラスはこの曲のためのたちの悪い冗談のようになっている。だめ押しになっているのは最後の無理なメロディー運びで、アダモの創作上の問題点をはっきりと示すことになってしまっている。私たちはこの曲もまた、あの偉大な「アンサンブル」「ウィ・ラ・メール」を生み出したのと同じ作曲家によるものだという現実を受け入れなければならない。

海のマリー MARIE LA MER (73)
 この作品は日本でのヒット曲だが、それ相応のものを保っているといって良いだろう。感傷的で、どこまで素晴らしい作品かというと少し疑問が残るが、特に大きな欠点はない。とはいえ、この路線は、いたずらに陶酔を求めるリスナーを意識しすぎているという点で、多少危険である。そしてこの後実際にエンターテイナー・アダモは危うくその世界に片足をつっこみそうになるのだ。

なんと黒い顔 QUE TU ES NOIRE (73)
 「愛撫」のB面曲で日本未発表の LE PLUS BEAU TRAIN QUI ROULEを一瞬想像させるが、結果的にこちらは十分なレベルを保っている。メロディーもきちんと展開し、まとまっている。しかし、アダモのこうした陽気でリズミカルな作風が再び高い実質を取り戻すのは、次のシングルと次のアルバムからである。こうした作風の曲があきらかに空疎になるその底辺期は、実はアルバム「夢の世界」「イダルゴ」前後である。アダモの作風が、一気に抽象的な精神性を目指す、いわゆる「シリアス路線」に大きく傾いたのは「アダモ、オランピア’71」あたりからだったが、このアルバムあたりから、俗世間と調和した「楽しいアダモ」から作風は大きく遠ざかりはじめた。たとえば、前作「アダモ’70」なら「小さな幸福」のような曲はまだ優勢だったのだが、それ以降アダモの「楽しい曲」は微妙に音色を変えはじめる。強力な抽象性と象徴力は、たしかにしばしば一文化と馴れ合う音色を嫌うのだろう。しかし、次のシングル盤「恋するイタリアーノ」では早くも実質を取り戻し、次のアルバム「セ・マ・ヴィ」では、彼が元々持っていた二つの要素――抽象性と祭典性――の両立を再び克服しはじめることになる。