Contents プロローグ
前提となる知識
一、作家自身の分析−−天秤座という資質
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表A----表B----表C----表D----表E----表F----注・文献

プロローグ

 島田荘司のデビュー作であり現在も作家の代表作の一つである『占星術殺人事件』は、 西洋占星学の知識がトリックのベースになっている。この作品で、作家は占星学の知識を 駆使しつつも、一般読者にわかりやすい作品を構築することに成功している。しかし実は、 占星学専門家にとって、この人気作品には、もう一つの大きな謎が隠されていたのである。
 この論では、西洋占星学を軸に、第一章では現実の作家の感性を分析する。
 第二章では作 家が意識的に出生時間まで設定している(つまりホロスコープが書ける)主要六キャラク ターについて解説し、さらに僣越ながら西洋占星学研究家の立場から作家の設定の現実と の妥当性に触れ、この作家へのより深い理解に努めたい。
 第三章では現在までに発表され ている島田荘司作品において、この知識が登場人物の創造にどのように反映しているかを 細かく分析する。
それらを経て、第四章でこの傑作『占星術殺人事件』のもう一つの謎に迫 りたい。

[前提となる知識]

 西洋占星学という分野は、島田荘司自らが「このややもすると迷信ととらえられがちな 学問(といってよいとぼくは考えている)にぼくが一目おいている」*1と言っている通り 運命論的な「占い」とはまったく異なり、また人間の美意識を解く他のどのような学問と もまったく異なった理論体系である。この論の筆者である私自身、「占い」の分野には興 味を持っていなかったが、他の占術分野はともかく、西洋占星学に関しては、芸術家の感 性と照らしあわせると疑いようもない明確な一致点が浮かび上がってくるということに気 がついた時は、驚いたという以上に人間の「美意識」というものが客観的にひとつの体系 を取りうる、まさに「そこにある」ものだということを認識させられたのだった。そして、 研究は現在も続けられている。たとえば、クラシック作曲家には、モーツァルトやワーグ ナーといった「オペラ型作曲家」とベートーヴェンやバッハといった「交響曲型作曲家」 といった分類が漠然となされることはよく知られているが、西洋占星学を使えば、これは 簡単に分析される。西洋占星学的四区分法において、「オペラ型作曲家」は常に双子座・ 天秤座・水瓶座といった「風象サイン」*2であり、「交響曲型作曲家」は、まずは「火象 サイン」であり続いて「地象サイン」である。こうした分類はすべての文化的時代的枠組 みを超越して共通しているので、ビートルズが実は「オペラ型作曲家」だったといった分 類も可能である。これは当然、美術や文学など他の芸術分野の分析にも使えるのである。  したがってこれから述べられる理論は、神秘主義的なオカルティズムや「偶然の一致」 や運命論を体系的に読み込んでゆこうとする試み、または島田荘司その人の行動や作品を 社会現象的に意味づけしようといった試みではない。まだ評価の確立していない西洋占星 学という分野を体系的に用いて論じる、純粋な作品論である。

一、作家自身の分析−−天秤座という資質


 この章での分析は、「島田荘司と同じ天秤座の人間は本格ミステリーが得意だ」といっ た類の表面的理論ではない。本格ミステリーという分野が現実に多くの人々に愛される分 野である以上、それに取り組もうとする作家はどのサインからでも現れうるが、また、そ の分布をさらに詳細に見てゆくことで、島田荘司の出生データからのみ導かれうる個性と いうものが明白になるのだ。
 島田荘司は一九四八年十月十二日午前十時四十分ごろ広島県福山市に誕生している。*3 天秤座の生まれだということはよく知られるところであるが、一般に「天秤座」と言われ る時、それは単に太陽系の惑星群*4のうち「太陽が天秤座に位置する時に生まれた」とい うことを意味しているに過ぎない。同じ天秤座生まれの人物でも、他の惑星、月や金星な どが他の位置にあれば、まったく別の性質を帯びる。ここで重要なのは次の要素である。

太陽:体質・本質 E表面化 ・・天秤座(プラス・風象・活動)
月:気質・感性の指向性 Eしやすい・・水瓶座(プラス・風象・定着)
上昇宮:*5現実における行動パターンE性格・・・・射手座(プラス・火象・変移)
金星:美意識・女性像・・・・・・・・・・・・・乙女座(マイナス・地象・変移)
火星:男性像・・・・・・・・・・・・・・・・・蠍座 (マイナス・水象・定着)  

 つまり、島田荘司は本質的には天秤座の感性を持つが、水瓶座という感性の指向性を持 ち、この二者を母体に現実には射手座的な行動パターンを持っていると考えれば良い。そ して、こうしたプラス・サインの傾向を持ちながらも、それと摩擦を生むかのように女性 像は乙女座であり、男性像は蠍座なのである。
 島田荘司のホロスコープ分析の前に、他の人気推理小説作家たちの太陽のサインも見て みよう(表A)。縦軸の火・風・地・水は、占星学の分析上最も重要な四区分(エレメン ト)で、同じエレメント同士が最も互いに仲が良く、風と火のプラス・サイン同士・地と 水マイナスサイン同士もよく理解し合える関係である。

 さらに、文学全体に枠を広げてみると表Bのようになる。

 文学に限らずとも、さまざまな芸術の創作者たちの分類について占星学的に語るべきこ とは膨大にある。しかしこの小論は、芸術一般を説明するものではない。また、これらの 表について、西洋占星学初心者の方々が一気に共通点を見いだすのは、さすがに難し過ぎ ることだろう。そこで、いくつかヒントだけでもあげておこう。たとえば、独・露それぞ れの二大文豪はそれぞれ乙女座(ゲーテ、トルストイ)蠍座(シラー、ドストエフスキ ー)に属しているが、いずれの場合も前者が「目の人」であり後者が「耳の人」であると 言える。また、音楽、美術、マンガといった、表現手段として言語が関わる比率が少ない 分野のものの方が、文学よりもはっきりとした違いが出る。たとえば、マンガを例に取れ ば、SF物はプラス・サインに傾き、妖怪・ホラー物はマイナス・サインばかりである。 中でも民間伝承的なものはほとんどが水のサインに集中し描線にも特徴が出る(水木しげ る、諸星大二郎、つのだじろうなど)。分析は果てしなく可能である。
 また、表Cは参考までに示す未完成なものだが、島田荘司が『本格ミステリー館にて』 などで示した「ミステリー・マップ」にこれを当てはめたものである。とはいえ、占星学 的区分は当然のことながら、既に語られているこうした分類とはまったく違った言語体系 を持っている。ここでは多少表面的な分析であるというそしりを受けることを覚悟して、 あくまで参考までに記す。マップ作りもまた、西洋占星学研究家の重要な仕事だと考えら れるが、なにぶんにも対象が広大である。正確なマップ作りはまたの機会にしたい。

 (この論文の原文では「表C」というかたちで島田荘司氏による「本格探偵小説のチャート」および筆者によるその占星学的翻訳版とでもいうべきものが載せられていましたが、今回は編集の都合により割愛させていただきました。なお、前者は、島田荘司「本格ミステリー宣言K」(講談社文庫)p.77に掲載されています。)

 島田荘司のデータに戻って解説を進めると、太陽=天秤座の作家は、表Aでわかるとお り、文体は硬質で無駄がない。そしてたいていの場合、無駄がないだけでなく省略が象徴 を生むという次元にまで達している。そしてその一方、非常に大げさというか「大口」と いうキャラクターにも通じるような、独特の叙述的語り口がある。(この性質が明らかに 現れている他のサインの作家、たとえば魚座の芥川龍之介(前者の例)や獅子座のラヴク ラフト(後者の例)は月のサインが天秤座である。)  天秤座の特色ははっきりとした結末を好むところにも表れる。作風は感覚的というより は抽象理論的で、本質的にはホラー的ではない。こうした傾向と比較すると、天秤座の理 論派的結末に対して、本来皮膚感覚に小説世界を構築しようとする魚座の作家は、物足り ないものを感じる場合もある。たとえば、今邑彩はそれを「割り切れてしまったことへの 不満」*6と称し、訴えている。今邑の作品、たとえば短編「生ける屍の殺人」に見られる ような、合理的解決を示しつつも結末をそれだけで終わらせない作風は、こうした魚座的 感性から来ているのだ。そして一方、天秤座的感性の人々は、こうした作品の結末には、 理屈づけや精神性の不足を感じ取るかもしれない。  また、表Aからもわかるように、天秤座の作家にはいかにも推理小説作家に向く個性の 人が多い。こうした人たち相互間の差異は、まず月のサインにはっきりと現れる。たとえ ば、江戸川乱歩は太陽は同じ天秤座でも月は蟹座である。この蟹座は先に示したようなマイナス・サイン独特のおどろおどろしい趣味 が強い。次に述べるように、島田荘司の水瓶座の月のヒューマンな感性とは大分違ってく るのである。また同じ天秤座のトルーマン・カポーティがノンフィクション・ノベルの先 駆者であることもここで注目すべきであろう。
 月=水瓶座の特色の一つは、「性を軽視するヒューマニズム」である。(これは現実に は水瓶座に月を持つ女性に最も顕著で、彼女たちは容易に異性の情熱的欲望を無視する。) 吉敷竹史が、加納通子の激しい性の暴走を知りつつも許して仲直りができるという感性は まさにこの月の水瓶座ならではのものである。『涙流れるままに』の読者には「私には吉 敷のようにはできない」と感じた人も多いのではないのだろうか。そして、それは水瓶座 のジッドの作品を読んだ時に感じるものと非常に似通っているのである。(もちろんジッ ドはキリスト教作家云々という以前にホモセクシュアルだったのだが、島田荘司がそうで ないにしても、作品中の御手洗潔はレオナやファンたちの間からホモではないかと噂され やすいのは、このためもある。)なるほど、確かに、島田荘司作品の中で性の描写は非常 に少ない。このこと自体は推理小説の世界において決して珍しいことではないのだが、一 方で加納通子の激しい性のシーンが語られると、西洋占星学をよく知る者にとっては、こ れは逆に「非常に性を無視している現象」だと感ぜざるを得ない。性描写があたたかい異 性間の心の交流としては描かれていず、むしろそれを無視して捨て去る方向に話が進むか らである。御手洗潔は、動物を愛しそして同性である石岡和己に友愛的立場で同情する。 加納通子も然りである。吉敷との出会いは道路に飛び出した犬を庇おうとしてはねられた のがきっかけである。こうした水瓶座的友愛の感覚は、動物や同性に注がれているうちは 他のサインの人間から見ても違和感はないが、こと異性に関する場合には、多くの人が、 理屈では筋が通っているとわかっていても、自分事としては納得できない思いにとらわれ がちなのだ。
 ここまでの二つの惑星のサインの組み合わせだけでも一四四通りになり、かなり細かい 分類ができる。たとえば、島田荘司の太陽=天秤座・月=水瓶座の組み合わせを持つ芸術 家にはジョン・レノンがいる。一方、綾辻行人の太陽=山羊座・月=魚座の組み合わせな ら、エドガー・アラン・ポーがいる。また、島田荘司の太陽と月はどちらも風象サインで あり、そのため非常に抽象的な感性の発達した、ある意味理想主義的な作品になることも たしかなところである。また風象サインは、人象サインとも言われ、常に人間の意識をテ ーマにする。別の見方をすればそれ以外のものは後回しである。たとえば、山羊座の綾辻 行人の『霧越邸殺人事件』は、壮大・華麗な仮想空間であり、読者はあたかもそこに本当 に作品内で語られる様々なミニチュア−−オルゴールや芥子雛−−があり、幼少期に夢想 した巨大な空間を見せてくれるものであり、それは現実からは隔絶した心象風景なのであ る。これは、同じ山羊座のポーの作品の性格と同様である。それに対し、島田荘司作品は 感性の抽象性が光る。おそらく作家が『占星術殺人事件』でやむにやまれず書いたと思わ れる古典的な「読者への挑戦状」については触れるまでもなく、作品は非常に抽象的な意 識と感覚をもって直接読者の胸に切り込んでくる。作品は常に時代と空間を超えて読者の 身近にあり、読者たちは「今頃、御手洗さんはどうしているかな」などと考えてみたりす る。この点でも、先にあげたジョン・レノンやビートルズの音楽と酷似しているのである。 ビートルズを聴いてジョンや(同じ風象サインの双子座である)ポールを想像する人はい ても、リヴァプールの町をリアルに思い浮かべる人はいないのである。つまり作品中の人 物や作者は、特定の具体的なものを指し示すことはなく、常に鑑賞者と一対一で対峙する かたちで現実の意識の中に寄り添っているのである。そのような意味で、今でも世界中に ビートルズのミーハー的ファンが消えないのと同様に、御手洗潔や吉敷竹史のミーハー的 ファンも消えることはないだろう。そしてファンたちは日曜日になれば、石岡と良子の元 住吉の家を探し、馬車道を訪ねるのである。ここではたまたま綾辻行人の傑作と比較した が、むろん天秤座と山羊座のどちらが文学作品に向いているかなどという次元の話ではな い。まさに個性の違いなのである。  また、『本格ミステリー館にて』における島田荘司と綾辻行人の対談のあとがきの部分 で、綾辻行人氏は島田荘司の「幻想」へのとらえ方に反論し、「『幻想』とは決して『現 実』から懸け離れた高みに存在するものではない」*7と言い、それを受けて島田荘司は、 「『眩暈』が内包していたもの」という文の中で、「大いに驚きもし、嬉しくもあった。 それこそが正しく筆者の考えで、筆者はむしろ綾辻氏が、生首や美少女や霧の豪邸などと いう、日常と大きくかけ離れた、常人の手に届かない高みにあるものとして『幻想』を捉 えているように理解していたからである」*8と答えている。これは西洋占星学に通じてい る者から見れば、はじめから予想していた成り行きであった。同じ「幻想」という言葉を 意識の上では共有していても、アプローチの仕方、そしてその本質の捉え方はまったく違 う。言わば、ジョン・レノンとポーが「幻想論」を戦わせた結果を想像し、それになぞら えてみれば、近いであろう。
 さて次は上昇宮だが、これは射手座である。島田荘司は、御手洗潔を太陽=射手座・月 =天秤座・上昇宮=射手座に設定してある。そして自ら「僕は射手座生まれの破天荒さや、 傍若無人でしかもチャーミングなところがすごく好きなんです」*9と言っている。つまり 自分の好きな射手座の個性を参照して御手洗潔の太陽を射手座に設定し、自分の感性の一 部を無理なく導入するために御手洗の月を自分の太陽のサインである天秤座に設定し、風 貌や行動パターンをも自分と近づけるために、御手洗の上昇宮を勝手知ったる自分と同じ 射手座に設定したのである。島田荘司は上昇宮の射手座がお気に入りと見えて、吉敷の上 昇宮も射手座に設定してある。御手洗潔がはじめて石岡和己に会った時出生時間を当てた り、竹越文彦の出生時間を推測したりしているのは、いずれもこの上昇宮射手座のことで ある。*10 この上昇宮の射手座は、現実に人物を分析する時には有効だが、作品の内的世 界に直接関係してくることは、さほど多くはない。あくまで作家の実生活の行動パターン が反映するようなシーンで照合できるという程度にとどまる。  ちなみに御手洗潔が会った相手の時間を当ててみせるのは、有能な西洋占星術師ならよ くやることである。生まれた時間によってこの上昇宮は決定するが、特に風貌や本人とつ き合う人間のサインに影響力を与えるものである。
 女性像を表す金星は乙女座である。これは、実生活でつき合う女性とはまったく関係な く、心の奥底で描く好みの女性像である。しかし、この好みが直接具現化されることは必 ずしもない。しかし、つきあった相手に対して要求しがちな性質だとは言えるだろう。そ れが乙女座である。ちなみに乙女座は、その言葉のイメージに反して、金星の美意識が最 も下がるポイントである。島田荘司作品中の男性は清潔感が強いのに、加納通子をはじめ 女性はかなり妖しい魅力を放っている。もし島田荘司が、たとえば天秤座の金星をもつ作 家であったならば、加納通子のような個性はまずあり得なかっただろう。また、『異邦の 騎士』における石川良子の陸橋の下での自暴自棄な発言からうかがうことのできる堕天使 的イメージも、同様のものである。このように、この点では島田荘司という作家は、今の ところ、決して女性中心に美を描く作家ではない。(「今のところ」とことわったのは、 西洋占星学的判断に「できない」「不可能だ」は禁物だからである。金星乙女座の作家は 金星乙女座の作家なりに女性像の頂点を極めることは、当然できるのだ。)
 次に火星の蠍座である。これは火星の位置としては強力である。つまり男性像は渋みの きいたタフ・ガイであり、それでいて人情を失わない個性だ。こうした感性は、吉敷のみ ならず牛越や竹越文次郎といった刑事・警官たちの地道な個性にはっきりと表れている。  こうした分析は、本来理論的にはすべての推理小説作家に当てはめられるはずのもので ある。しかし、笠井潔氏が作家との対談で言っていたようにたしかに(毎月出版される純 文学やミステリーの)「小説の九割以上は紙屑」かもしれない。*11 西洋占星学的分析 は、作品が完全な内面世界を持つ作家においてしか、通用しない。トリックの思いつきの 積み重ねや巧みなストーリーというだけでは芸術作品とはいえないし、そうした「紙屑」 を許さないところが西洋占星学の奥深さである。そして、それに耐え得るということが、 島田荘司作品の素晴らしさでもある。

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